田中BS隊長プライベートBlog
2011年2月19日土曜日
2010年11月3日水曜日
東北新幹線「新青森駅」開業試乗会の記録
今回は12月4日の開業前に新青森駅を見ることが出来るという僥倖にあずかりました。JRE様いつもありがとうございます。そう言うわけで以下、試乗会の記録です。
2010年11月3日(水・祝)
往路: 上野発11:22、盛岡乗換で新青森15:05着
復路: 新青森発15:50、上野着19:30(すべて団体貸し切り)
車両は残念ながらE5でなくE2でした。
到着時の新青森駅の天候はみぞれ混じりの小雨で気温は6℃!
南のブルートレインだった「はやぶさ」は、寒い雪国で大丈夫だろうか(笑)
2010年11月3日(水・祝)
往路: 上野発11:22、盛岡乗換で新青森15:05着
復路: 新青森発15:50、上野着19:30(すべて団体貸し切り)
車両は残念ながらE5でなくE2でした。
到着時の新青森駅の天候はみぞれ混じりの小雨で気温は6℃!
南のブルートレインだった「はやぶさ」は、寒い雪国で大丈夫だろうか(笑)
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| お品書き |
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| 記念弁当のパッケージ |
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| いよいよ新青森行きの表示が! |
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| おやつ(りんごジュースは七戸町提供だそうです) |
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| 11:22発が我々のはやて車両 |
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| 団体537号 |
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| 試乗会記念弁当!豪華!! |
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| 2ショット |
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| 駅名板 |
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| 名札に乗車車両が指定されています |
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| 外観 |
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| 外観駅名(ズーム) |
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| 外観2 |
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| ゆるキャラ1 |
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| NEWDAYSまだ工事中 |
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| オブジェ |
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| 駅前の風景 |
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| 駅名板 |
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| ゆるキャラ2 |
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| ゆるキャラ3 |
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| 新青森駅から十和田七戸駅方面を望む |
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| 新青森駅に停車中のE2系 |
2010年10月4日月曜日
【東源協レポート】一之瀬高原2010年9月
メンバー皆多忙且つ働く場所もバラバラになり、以前みたいに年に数回の渓流釣りに行けなくなってしまった我らが東日本源流協会(略称:東源協)。
今回沖縄の長老が緊急参戦決定。それならばと、最高の秘境に集まった3名のオトコ達。
以下、ドキュメント「2010年東源協ファイナルバトル『会長争奪戦』@一之瀬高原」。
参加者: 足立長老、田中詠源、吉川会長(1日遅れで現地合流)
9月17日(金)
重要なる家庭の都合で1日遅れ合流となった会長:吉川源一郎を置き去りに、仕事の帰りに太ミミズ4箱を仕入れた詠源は必要な道具をクルマに積み込み、更に最後の買出しをする為に武蔵小金井の西友へ向かった。寂れた店内をうろつき回って買い物をし、ご自由にお使い下さい的に置いてあった発泡スチロール箱に氷とともに詰め込んで、備品食い物関係ほぼパーフェクトの状態で長老を迎える。
長老は在住の沖縄那覇で仕事を済ませた後、羽田に23時に到着する飛行機で上京、東京駅から最終電車武蔵小金井行きに乗車出来たとのメールを詠源へ送っていた。金曜の晩と言うこともあって20分ほど遅れて到着した終電車から長老が降りて来て、さていよいよこれから秘境一之瀬へのドライブの始まりである。
距離は結構あるものの行き方は簡単で、青梅街道を西へひた走るのみ。
御嶽駅を超えると懐かしい奥多摩の風景になる。若い頃は毎週のように通っていた多摩川本流、大丹波川、入川谷などを通り越してやがて鳩の巣、白丸を経て奥多摩駅を通過。
奥多摩湖の北岸を走り水根沢、峰谷川、お祭で後山川(以前青岩谷まで行ったっけ)が入ると程なく道の駅たばやま。真っ暗闇の中、トイレ休憩に入ると建物下に安物テントを張っている一行がいた。
立小便をし空を見上げるともの凄い星の数に圧倒された。オリオンが輝く、冬の星座だ。一服の後、もうひと頑張り、一之瀬へ向かう。
大常木谷周辺はトンネル工事だらけだ。昔先輩から、並みの度量と装備では入っちゃいけないと教わった谷。深夜なので工事のダンプが行きかう。
怖い恐いおいらん渕(後述)を超えて急カーブで一気に高度を上げるとすぐ、一之瀬集落へ入る道がある、見逃さないようにして慎重に右折する。
去年7月に、会長とふたりで一之瀬に来たことがあった。
その時は落石でこの林道を通れず、もう一本塩山寄りの犬切峠から迂回する林道からしか入れなかった。よってこの道を通るのは初めてでなお且つ前回は日中だったが今回は深夜真っ暗なので恐る恐る上って行く。鹿が現れる。この上にまだ集落があるとは本当に驚く。公共の移動手段はない。カーナビに分校が表示される。道はずっと舗装路で、やがて民宿の看板が見えて来るとやがて左側に一之瀬高原キャンプ場入口が現れた。時刻は朝4時過ぎ、9月中旬ともなると陽が明けるのも遅くまだ暗い。我々は秘境の駐車場に到着した。
クルマのバックドアを開けてその後ろにシートを敷き椅子を出し、酒と食い物を用意する。
ふと空を見上げると星に手が届きそうな相変わらずの満天の星空の中に、ほぼ平行の軌跡で、同時に2基の人工衛星が結構な速度で空を走っていた。

気温は12℃くらいだろうか、吐く息も白く寒い。ジャンパーを着込んでガスコンロでするめを焼いてこの日のためにキープしておいた久保田萬寿をあおる。
しばらくすると東の空が薄明るくなり、さっきまであれほどの数が輝いていた星があっという間に消えた。よっぽど空が暗かったと言うことなんだろう。
テントを張らず駐車場で仮眠する。やがてクラクションの合図で目を覚ますと管理人さんだった。快晴だ。挨拶をして入場料を払い、釣り券を買う。
駐車場からテントサイトへは「ねこ(手押し一輪車)」で運ぶ。サイトは前回と同じく第2にした。ここは川に近くて行き止まりのところに有って便利が良い。
早速テントを張って荷物を整理し、釣り支度。肝心な食い物のメニューはこのような予定であった。
土曜の午前中ということもあってキャンプ客はまだ居ないが何と釣り人が居て我々の目の前を上がっていった。ま、我々には今日の夕飯までに釣れば良いと言う余裕が有ったからどうと言うことはない。第三のビールも頂いてようやく釣りに入ったのが10時頃。合流点から長老は右に上がる沢、詠源は左の沢に別れて釣り上がる。集合は午後1時頃にした。
型は大きく無いものの魚影の濃い川だった。但し水量が少なくポイントが絞られる。残念ながらキープサイズは無し。それでも夕方夕マズメの再戦を期待してそれぞれ獲物無しながら意気軒高にテン場に集まる。再び腹ごしらえである。
(続く)
今回沖縄の長老が緊急参戦決定。それならばと、最高の秘境に集まった3名のオトコ達。
以下、ドキュメント「2010年東源協ファイナルバトル『会長争奪戦』@一之瀬高原」。
参加者: 足立長老、田中詠源、吉川会長(1日遅れで現地合流)
9月17日(金)
重要なる家庭の都合で1日遅れ合流となった会長:吉川源一郎を置き去りに、仕事の帰りに太ミミズ4箱を仕入れた詠源は必要な道具をクルマに積み込み、更に最後の買出しをする為に武蔵小金井の西友へ向かった。寂れた店内をうろつき回って買い物をし、ご自由にお使い下さい的に置いてあった発泡スチロール箱に氷とともに詰め込んで、備品食い物関係ほぼパーフェクトの状態で長老を迎える。
長老は在住の沖縄那覇で仕事を済ませた後、羽田に23時に到着する飛行機で上京、東京駅から最終電車武蔵小金井行きに乗車出来たとのメールを詠源へ送っていた。金曜の晩と言うこともあって20分ほど遅れて到着した終電車から長老が降りて来て、さていよいよこれから秘境一之瀬へのドライブの始まりである。
距離は結構あるものの行き方は簡単で、青梅街道を西へひた走るのみ。
御嶽駅を超えると懐かしい奥多摩の風景になる。若い頃は毎週のように通っていた多摩川本流、大丹波川、入川谷などを通り越してやがて鳩の巣、白丸を経て奥多摩駅を通過。
奥多摩湖の北岸を走り水根沢、峰谷川、お祭で後山川(以前青岩谷まで行ったっけ)が入ると程なく道の駅たばやま。真っ暗闇の中、トイレ休憩に入ると建物下に安物テントを張っている一行がいた。
立小便をし空を見上げるともの凄い星の数に圧倒された。オリオンが輝く、冬の星座だ。一服の後、もうひと頑張り、一之瀬へ向かう。
大常木谷周辺はトンネル工事だらけだ。昔先輩から、並みの度量と装備では入っちゃいけないと教わった谷。深夜なので工事のダンプが行きかう。
怖い恐いおいらん渕(後述)を超えて急カーブで一気に高度を上げるとすぐ、一之瀬集落へ入る道がある、見逃さないようにして慎重に右折する。
去年7月に、会長とふたりで一之瀬に来たことがあった。
その時は落石でこの林道を通れず、もう一本塩山寄りの犬切峠から迂回する林道からしか入れなかった。よってこの道を通るのは初めてでなお且つ前回は日中だったが今回は深夜真っ暗なので恐る恐る上って行く。鹿が現れる。この上にまだ集落があるとは本当に驚く。公共の移動手段はない。カーナビに分校が表示される。道はずっと舗装路で、やがて民宿の看板が見えて来るとやがて左側に一之瀬高原キャンプ場入口が現れた。時刻は朝4時過ぎ、9月中旬ともなると陽が明けるのも遅くまだ暗い。我々は秘境の駐車場に到着した。
クルマのバックドアを開けてその後ろにシートを敷き椅子を出し、酒と食い物を用意する。
ふと空を見上げると星に手が届きそうな相変わらずの満天の星空の中に、ほぼ平行の軌跡で、同時に2基の人工衛星が結構な速度で空を走っていた。

気温は12℃くらいだろうか、吐く息も白く寒い。ジャンパーを着込んでガスコンロでするめを焼いてこの日のためにキープしておいた久保田萬寿をあおる。
しばらくすると東の空が薄明るくなり、さっきまであれほどの数が輝いていた星があっという間に消えた。よっぽど空が暗かったと言うことなんだろう。
テントを張らず駐車場で仮眠する。やがてクラクションの合図で目を覚ますと管理人さんだった。快晴だ。挨拶をして入場料を払い、釣り券を買う。
駐車場からテントサイトへは「ねこ(手押し一輪車)」で運ぶ。サイトは前回と同じく第2にした。ここは川に近くて行き止まりのところに有って便利が良い。
早速テントを張って荷物を整理し、釣り支度。肝心な食い物のメニューはこのような予定であった。
- 土曜朝 サンドイッチ、コーヒー
- 土曜昼 一之瀬そば
- 土曜夜 サカナ尽くし、きのこ尽くし宴席(きのこ炊き込みごはん、焼き魚、谷中生姜、キノコ汁)
- 日曜朝 ポークたまご定食
- 日曜昼 カレー
土曜の午前中ということもあってキャンプ客はまだ居ないが何と釣り人が居て我々の目の前を上がっていった。ま、我々には今日の夕飯までに釣れば良いと言う余裕が有ったからどうと言うことはない。第三のビールも頂いてようやく釣りに入ったのが10時頃。合流点から長老は右に上がる沢、詠源は左の沢に別れて釣り上がる。集合は午後1時頃にした。
型は大きく無いものの魚影の濃い川だった。但し水量が少なくポイントが絞られる。残念ながらキープサイズは無し。それでも夕方夕マズメの再戦を期待してそれぞれ獲物無しながら意気軒高にテン場に集まる。再び腹ごしらえである。
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| この上なく(?)快適なテン場 |
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| アマゴ |
(続く)
2010年7月31日土曜日
小海線PartⅡ
7/25(日)~27(火)、ボーイスカウト調布2団カブ隊のキャンプで清里へ。26日のハイキングは以下の通り。小海線&高原ハイキングを堪能して来ました。
9:15 宿舎発、徒歩で清里駅へ
10:22 清里駅発小諸駅行き列車に乗車
11:21 羽黒下駅到着、下車。駅前の特設郷土料理屋で「五平餅風だし掛け」と「ところてんフルーツゼリー」の昼食
12:56 羽黒下駅乗車、野辺山駅で下車、記念に切符を貰う。線路沿いを一気に歩いてJR最高地点の踏み切り。小海線とはここでお別れ。小休止の後、国道141号の旧道を通って国界橋に15:20着。川に沈めて冷やしておいた桃ときゅうりのおやつ。ミヤマクワガタをゲット。
16:30頃 宿舎到着
信濃川上駅。
大学時代の夏、お世話になった川上村の林宅。毎日確かこんな仕事でした。
(回想)
朝5:00頃起きる。朝飯を戴く。
バンで村のお手伝いの婆さん達を迎えに行く。確か駅のそばの橋のところだった。迎え時刻は6:00だったかな?
婆さん達を積んで大抵は上の畑へ行く(畑は幾つか有った)。林宅のそばをもう一度通って左カーブで小海線の踏み切りを渡り、くねくねと道を上り高台の畑に着く。一面のレタス畑だ。メイン畑の作業小屋に到着。
慣れてくると役割は決まっていて、婆さん達はなんやかんやおしゃべりしながらレタスを刈り取っていく。我々はサイズ毎に分けたレタスを箱に詰め、一定の箱数が揃うとトラクターかトラックに積んで共選所へ運んで行く。トラクターは確か、ギアが「うさぎ」と「かめ」しか無かった。フロントにもリアにも満載して、トラクターで運ぶ役目は大抵私がやっていたような。
9:00か10:00に休憩が有ってここで早や2回目のメシを喰う。13:00頃にもまたメシで、その後は必ずダンボール置き場で昼寝する。午後も快晴の空の下、延々と穫り入れや耕し、水撒き、草取りなどをやって夕方の休憩。
確か17:00頃に婆さん達を送りがてら畑から降りて、橋まで送り届けて18:00頃家に帰る。
夕飯までに時間が有る時は目の前の千曲川でヤマメ釣りをした。
晩酌に毎日ビール1本出してもらってメシの前にオヤジさんと飲んだ。オヤジさんは3日に一度くらいレッドの大瓶を出して来て、一緒に少し飲んだ。部屋に戻り手紙を書いたりして寝る。そんな毎日の繰り返しだった。もちろん今でも余り変わっていないんじゃないかな?
当時は私と同じ居候アルバイトが3人くらいと、まかないの手伝いの女の子がひとり居た。
毎日5食食べてモリモリになりヒゲはやして色は真っ黒、手はレタスの汁でかぶれだらけ。帰って来てから暫くは熊のようだった(笑
9:15 宿舎発、徒歩で清里駅へ
10:22 清里駅発小諸駅行き列車に乗車
11:21 羽黒下駅到着、下車。駅前の特設郷土料理屋で「五平餅風だし掛け」と「ところてんフルーツゼリー」の昼食
12:56 羽黒下駅乗車、野辺山駅で下車、記念に切符を貰う。線路沿いを一気に歩いてJR最高地点の踏み切り。小海線とはここでお別れ。小休止の後、国道141号の旧道を通って国界橋に15:20着。川に沈めて冷やしておいた桃ときゅうりのおやつ。ミヤマクワガタをゲット。16:30頃 宿舎到着
信濃川上駅。
大学時代の夏、お世話になった川上村の林宅。毎日確かこんな仕事でした。
(回想)
朝5:00頃起きる。朝飯を戴く。
バンで村のお手伝いの婆さん達を迎えに行く。確か駅のそばの橋のところだった。迎え時刻は6:00だったかな?
婆さん達を積んで大抵は上の畑へ行く(畑は幾つか有った)。林宅のそばをもう一度通って左カーブで小海線の踏み切りを渡り、くねくねと道を上り高台の畑に着く。一面のレタス畑だ。メイン畑の作業小屋に到着。
慣れてくると役割は決まっていて、婆さん達はなんやかんやおしゃべりしながらレタスを刈り取っていく。我々はサイズ毎に分けたレタスを箱に詰め、一定の箱数が揃うとトラクターかトラックに積んで共選所へ運んで行く。トラクターは確か、ギアが「うさぎ」と「かめ」しか無かった。フロントにもリアにも満載して、トラクターで運ぶ役目は大抵私がやっていたような。
9:00か10:00に休憩が有ってここで早や2回目のメシを喰う。13:00頃にもまたメシで、その後は必ずダンボール置き場で昼寝する。午後も快晴の空の下、延々と穫り入れや耕し、水撒き、草取りなどをやって夕方の休憩。
確か17:00頃に婆さん達を送りがてら畑から降りて、橋まで送り届けて18:00頃家に帰る。
夕飯までに時間が有る時は目の前の千曲川でヤマメ釣りをした。
晩酌に毎日ビール1本出してもらってメシの前にオヤジさんと飲んだ。オヤジさんは3日に一度くらいレッドの大瓶を出して来て、一緒に少し飲んだ。部屋に戻り手紙を書いたりして寝る。そんな毎日の繰り返しだった。もちろん今でも余り変わっていないんじゃないかな?
当時は私と同じ居候アルバイトが3人くらいと、まかないの手伝いの女の子がひとり居た。
毎日5食食べてモリモリになりヒゲはやして色は真っ黒、手はレタスの汁でかぶれだらけ。帰って来てから暫くは熊のようだった(笑
2010年6月12日土曜日
小海線ディーゼルハイブリッド車両
調布2団カブ隊夏のキャンプの下見に清里へ。下見がてら、清里駅から羽黒下駅までの1時間少々、小海線に乗車。
運良く清里13:39発小諸行きはディーゼルハイブリッド・キハE200系車両。
大きな車窓から、大学時代に高原野菜収穫のバイトで居候した川上村の壮大な風景を久しぶりに堪能。千曲川や相木川も、昔は良く渓流釣りに通っていたが、この頃はとんと御無沙汰。
雷が鳴ろうとも陽が暮れて目印が見えなくなってもグラス竿を振っていた頃が懐かしい...
羽黒下駅でのキハE200とその車内。
一番下の写真は北杜市オオムラサキセンターで元気に成長中のむーちゃん(オオムラサキの幼虫)。早くもさなぎになった姿も幾つか見られました。
2010年6月9日水曜日
ホームページ奮戦記
何を隠そうこの1ヶ月位、ボーイスカウト調布2団のホームページがメンテ出来ない状況に陥っていました。http://www.chofu2dan.com/をBloggerカスタムドメインで便利に運用していたところ、FTPサポート云々の話があって寝ぼけマナコで引越ししたのが運の尽き。
http://www.chofu2dan.com/が置き去りになってこっちhttp://chofu2dan.blogspot.com/にリダイレクト出来ず...とは言え良く考えたら古き良きFTPを使えば何てことは無いんじゃないの? と思い出して今朝3時頃起きて修復作業を行いました。まずはひと安心。とは言え情けない話...
http://www.chofu2dan.com/が置き去りになってこっちhttp://chofu2dan.blogspot.com/にリダイレクト出来ず...とは言え良く考えたら古き良きFTPを使えば何てことは無いんじゃないの? と思い出して今朝3時頃起きて修復作業を行いました。まずはひと安心。とは言え情けない話...
2009年9月8日火曜日
新型成田エクスプレス試乗記

某月某日、JR東日本が満を持して2009年10月1日から投入する新型車両、成田エクスプレスE259系に試乗するチャンスが有ったので、アメリカのアムトラック同様に列車を愛する田中隊長が試乗レビューさせてもらいます。
某月某日13時53分発(実際は5分ほど遅れ)、品川発大船行きの新型N'EXに乗車。
走り始めてしばらくすると、新型N'EXの開発を担当したJR東日本の担当課長からのアナウ

ンス。
・国際空港に乗り入れるのにふさわしいエクステリア
・日本古来の市松模様と、デッキ部分などのメタルを組み合わせたインテリア
・グリーン車は革張りの座席
・グリーン車はじゅうたん、一般車両はゴムの床で静寂性をアップ
・日英、中国語、韓国語の4ヶ国に対応した案内
・お客様への告知を重視し液晶モニターを複数配置
・番号ロック付きの荷物置き場
などのアピールがありました。

インバータ音が少々気になったものの、走行は軽快であっという間に大船駅に到着。
市松模様はシート、ブラインド、床と、目立たずシックにアピールしていました。荷物入れの高さが下がり収納スペースが増えたこと、航空機のまねをしたインテリアが姿を消したのは良い印象。
全座席にACコンセントがあり、車内は無線インターネットにも対応。
快適さ、便利さと、反対に「そんなのはなくても良いから新宿から30~40分で着く弾丸列車を作って!」と言う思いの差を少々感じましたが、運転台が高くて素敵な新型N'EX、新型スカイライナーに負けずに頑張って欲しいと思います。
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